知恵産業研究会報告書
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第1章 京都産業の基盤となる都市文化特性
京都企業のビジネスに生かされている知恵については、これまでも「伝統産業」、「先端産業」両面から様々な考察が行われてきた。そして、その背景には「京都らしさ」という京都の都市文化特性の存在が、大きな高付加価値産業基盤要素として説明されている。
この都市文化特性については、諸々の見解が提出されている。今回、知恵産業研究会では京都大学名誉教授山田浩之氏による京都の文化環境の定義等を参考に検討を行った結果、以下の6項目の都市文化特性に整理した。
(1)生活環境と調和する自然環境(山紫水明)
京都市内からは、季節の移ろいを感じさせる景観を、東山、北山、西山の三方の山並みや、鴨川などの親水環境から感じ取れる。さらに、数多くの寺社や史跡、また京町家も含めた歴史的建造物が散在する町並みなど、自然環境と生活環境の優れた調和による都市景観がまち全体に認められる。このことは、京都市内で風致地区が17地区約17,938ha(全国の11%)、歴史的風土保存区域が14地区約8,513ha(全国の42%)、歴史的風土特別保存地区が24地区約2,862ha(全国の32%)というデータ(平成20年4月現在)からも、他都市との比較における明らかな優位性が裏付けられる。このような自然や歴史環境の保存への積極的な取り組みが、都市の文化特性を醸成していることは間違いない。
企業においても、これらの生活環境が、他の商工業都市との比較の中で、従業員の感性や資質に良好な影響を与えるという意見も確認されている。
(2)本山・家元など文化的中心の集積
京都には、宗派の本山として位置する寺社や、華道や茶道などにおける流派の家元の存在が多い。これらの存在は、日本社会における文化的ネットワークの中心組織の集積と言い換えることもできる。このことは、本質指向や本物指向にもつながる環境としてもとらえられる。さらに、これらの中心組織の存在は、人、情報、もの、カネなど、文化資源の求心力と遠心力の両機能を果たす動力源となっている。
京都企業の多くが、経営規模が拡大してもなお、本社機能や生産拠点等を京都から移さずにいる背景にも、このような都市の文化的求心力や遠心力の価値への認識がある。海外顧客のみならず、国内顧客においても、「京都の企業」であるという事は、間接的ながら経営にも地域ブランド価値として有効に働いていると言えるようである。
(3)文化資産の蓄積
平安京造都以来、1869年の東京遷都まで千年以上もの間、京都は我が国の政治・経済・文化の中心であった。この長期にわたって栄えた都では、日本固有の生活様式や文化が育まれ、多くの歴史的資産を残した。このように醸成された文化環境が、生活文化、ものづくり文化、芸術文化にも大きな影響を与え、常に質の高い、時代の先端を行く文化を生み続けてきた。それらの積層は、現在の京都産業の知的資産の蓄積につながっているようである。
このような先端性と高質性を誇ってきた都市文化の歴史は、京都における先端的人材や質の高い人材の輩出、誘引にも大きな影響を与えていると言われ、多様で質の高い従業員や協力企業の確保にもつながっているという産業界の評価もある。
(4)ものづくり産業の集積と共生
世界的なサービス経済化進行の下、京都もその影響を受けているが、京都市の全事業所に占める製造業の割合は、他の大都市と比較する(総務省,2007)と最も高い。そして、製造される製品は、比較的コスト競争だけに頼らない競争力を持っていることが指摘されている。また、内陸型の地理特性ゆえに、中小規模の製造業が高密度に集積しているにもかかわらず、これらの企業が共存共栄を果たしている。その背景には、それぞれの企業が、それぞれの強みを持った生存領域(ニッチ)の確保を心がけ、同市場同技術で、食うか食われるかの過当競争に陥ることを避け、それぞれに自社優位性の高い技術を有し、適度な競争と共創のもとに、共生可能な経営環境を意図的に維持しようとする経営を進めていることが挙げられる。
(5)創造的人財の集積
京都市の人口は約146万7千人(H21.2.1現在)で、H17年度国勢調査では全国市町村中第7位に位置する。このような規模の大きさ自体、都市経済の活力の基本要素となるが、さらに学術・芸術面の人口構成に特徴も見いだせる。人口の約10%が大学生、0.6%が大学教員という人口比率は、全国17政令指定都市中1位(東京都区部を除く)である。また、工芸、芸術家人口も高い。さらに、このような学術、芸術両面の人材の集積は、高度な産業人材の集積誘引にもつながっている。このように、質量両面からの高い「人財」の集積は、自ずと都市の文化環境に影響を及ぼしている。
(6)大学・研究機関の集積
平成19年学校基本調査によると、京都市の大学・短大の数は37校、学生数は13万8,817人であり、いずれも全国17政令指定都市中1位(東京都区部を除く)にランクされる。人口100万人当たりの大学数では、17.0校で全国1位である。さらに、京都市の大学進学率も66.2%と1位である。このような高等教育機関および学生の集積は、自ずと関連する研究機関や文化施設の集積にもつながり、都市文化特性の醸成に大きな影響を及ぼしていることは明らかであり、「大学のまち京都」という特徴を裏付けられる。
以上のような京都の都市文化特性が、重工業や装置産業に見られるような「規模と効率の最大化」を目指す「量産型産業原理」とは異なる産業文化を醸成するだろうことは想像に難くない。すなわち、これらの都市文化特性を活かすことが、「京都ならではの知恵産業」を創出する基盤であることを強く意識すべきであり、それに基づく具体的、実践的な京都におけるビジネスの知恵を探ることの意味も大きいことがわかる。