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親族承継
~Cafe&Lunch絵慕~ レトロ&モダンな喫茶店をトリマーでもある長女に承継
昭和63年に現経営者(久子さん)の実母が現店舗を取得して喫茶店を開業すると、同時に久子さんも家業に従事。その後、平成14年(22年前)に創業者である実母が他界し、久子さんが事業を承継、後継者の貴帆さんが手伝いとして家業に従事するようになった。地元の野菜を使った食材、栄養価を考えた手作りメニューが特徴で、店舗1階は本物の煉瓦作りで重厚なレトロ感があり、2階はモダン風の作りとなっている。
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第三者承継
耐候性保護塗料開発のベンチャー企業を導電塗料のスプレーコーティング(導電塗料)を主力とするメーカーが事業引継ぎ
株式会社丹宇の創業者である伊藤博社長は1982年に家業であった材木卸業を法人成り創業したが、木材用外壁塗装の分野に将来性を見出し業種転換(壁の研究)、55歳から約17年木材保護材を主体に京都大学で研究に従事(製品開発)し、中小機構が運営する京大桂ベンチャープラザ内のラボで木質系耐候性保護塗料「タウンガード」を開発した。同製品はコンクリート用保護材や神社仏閣等の木造構築物保護剤として広く活用されるなど業績は堅調であったが、後継者が不在であった伊藤社長は、75歳という自身の年齢を考え、第三者承継に向けて検討を始めた。
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親族承継
三代目京扇子職人の長女への事業承継
後継者となる華林さんは学卒後、扇子絵付けをはじめ、今ではEC販売の分野でも家業を支えてきたが、現経営者は75歳を前に事業承継に向けた話を持ち出したお父さんに対して、事業を引継ぐ決心が持てないと明言し事業承継は暗礁に乗り上げた。 この状況を打開するため、メインバンクの京都信用金庫東山支店が京都府事業承継・引継ぎ支援センターと協力して、華林さんの不安を解きほぐしながら事業承継の計画づくり支援に着手し、創業136年の4代目事業承継が動き出した。
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親族承継
~京都東山数奇屋造りの本格的な純日本建築の和旅館「せいしん庵」~ 亡き父の跡をために一念発起、二男が公務員を退職して事業を引継ぐ!
一見さんお断りの数寄屋風・茶室風といった造りの格調高い雰囲気が漂う高級旅館であった建物を先代経営者の脇山庸人さんが平成11年に引継ぎ、片泊まりの宿「せいしん庵」として創業。 極上空間をリーズナブルに楽しんで頂くことをコンセプトに順調に経営していたが、令和5年2月に庸人さんが逝去、妻の美知栄さんが代表に就任したものの1年以上休業状態となっていた。
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親族承継
世界遺産「東寺」近くにある洋風創作料理レストランを和食料理人である長男が承継
現経営者の鎌田貞三さんが約30年前に創業、フランス料理をベースに、京料理の手法を盛り込んだ洋風創作料理を提供する人気店。スープやソース、デザートまですべて手作りにこだわり、手間暇惜しまず美味しさを追求してきた。ただ、儲け度外視でお客様が喜ぶ料理を提供したいというタイプで、熱烈なファンは多いものの経営自体は厳しい面もあった。ご自身の70歳を機に具体的に事業承継に着手した。
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親族承継
木津川市の名産である「京織ふすま紙」の製造販売会社を、地元の木津川市商工会との連携で長男が代表を務める関連会社が事業引継ぎ
丸由産業株式会社は京都府木津川市だけで全国シェア9割を占める特産品である「京織ふすま紙」の生地を関連会社(福岡織布株式会社:代表取締役 福岡善基氏)が製造しており、 これを同社が壁紙やふすま紙に生産加工して内装資材卸業者に納入している。 後継者の福岡善基氏が、同社の事業承継を機に福岡織布株式会社との経営統合を考えており、その具体的な進め方を知りたくて木津川市商工会に相談したところ当センターを紹介された。
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親族承継
後継者が新たな事業を立ち上げて、家業(染色資材販売・印刷業)の顧客と雇用を支えていく
当社は先代の実父(幸彦氏の父)が1957年に滋賀県甲賀市(現在)で配置薬と粘着テープの販売業として創業。(のちに1970年法人成り) 粘着テープの販路拡大を図る中で友禅染色事業者のニーズに応えて京友禅染の工程で使われる特殊粘着テープなどの取り扱いを増やすと同時に、これらの事業者に提供する名刺や伝票などの印刷事業へも事業を展開させていった。 三木社長(幸彦氏)は、事業引継ぎに当たって社員の雇用維持と取引先への安定したサービスの提供を堅持したいとの信念のもと、後継者である長男の幸太郎氏が目指す新規事業とのすり合わせのためには、第三者の専門家を入れた客観的な検討の必要性を強く感じており、メインバンクの京都信用金庫(壬生支店⇒同金庫事業アトツギ支援部)を通じて当センターに支援要請があった。 京都府事業承継・引継ぎ支援センターが携わった「株式会社三木誠進堂」の親族承継事例が、中小企業基盤整備機構の事業承継ポータルサイトで紹介されています。是非ご覧ください。 https://shoukei.smrj.go.jp/case/case-relative_inherited/case-relative_inherited-09.html
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第三者承継
後継者不在の株式会社柴増が当センターと仲介業者の連携で株式会社さくら(本社:京都市)に事業引継ぎ
後継者不在の株式会社柴増が当センターと仲介業者の連携で株式会社さくら(本社:京都市)に事業引継ぎ 譲渡側である株式会社柴増は呉服卸として大正3年に創業。 衣装卸の他に貸衣装 ・ フォトスタジオ事業を行い順調に拡大してきた 。 同社の柴田社長は 70歳を迎えた2018年4月に事業承継を決意 。 子供3人が引き継ぐ意思はないことで悩んでいたところ中小企業基盤整備機構中小企業事業承継・引継ぎ支援全国本部から送られたDMで京都府事業承継 ・ 引継ぎ支援センターの存在を知った 。
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第三者承継
天然塩のファンが繋いだ縁で、薪窯直煮製法の事業と我が国 古来の製塩文化が引継がれた
池田氏(屋号:善助)は 1973年京都府京丹後市で製塩業を創業。 京丹後市網野町夕日ヶ浦の海岸から日本海の海水を汲み上げ 、薪による平釜製法で何日も炊き上げて出来上がった結晶薪窯直煮製法の自然海水塩を「太郎塩」のブランドで販売しており 、天然由来のミネラル豊富な 「 太郎塩 」 には多くのファンがいる 。 池田氏は自身の年齢や後継者不在を案じ、京丹後市の継業バンク事業で弟子や後継者を募った 。 ある程度 、 弟子入り希望者は集まってきたが 、彼等 彼女等 が学びたいのは製塩技術であり 、製塩業経営にまで関心を持つ者はいなかった 。
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第三者承継
経営者の高齢化に直面した学習塾を同業者が引継ぎ、子供たちの学び舎を存続へ
▶事業を譲渡した株式会社育星舎入江篤志氏は1994年創業の学習塾。 幼児から高校生までを対象とした「自立した個」の育成を目指している 。 自身が69歳を迎えるに際し70歳までに理念を引継いでもらえる後継者に事業を引継ぎたいとの思いから、 事業承継引継ぎ支援センターから送付の「中小企業の事業承継ニーズに関するアンケート調査票」をきっ かけに当センターに相談。 ▶これと並行して業界内の勉強会で旧知であった進学塾SOIL代表:村東慎有氏に事業承継に向けた思いを 打ち明けたところ 、 村東氏から『是非引継ぎたい』との意向が伝えられ両者合意の上、センター支援の 下でM&Aによる事業引継ぎの協議を進めることとなった。
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親族承継
「地域に愛される美容室」を経営理念に地域密着で親しまれてきた美容院を長女に引継ぎ
有限会社ハッピーベースは1984年に現経営者(福元剛志さん)が京都府長岡京市にて創業し1990年に法人化、創業当時から「お年寄りでも体の不自由な方でも利用できるお店」をコンセプトに、店舗の玄関をガラス張りにするなど入り易い店づくりにも心掛けてきたことで、近隣住民を中心に年齢層も幅広く親子3代にわたって利用している常連客が多い。 福元さんは70歳の節目を迎える今年、既に従業員として店舗を切り盛りしていた長女(加治涼香さん)へ事業承継の話を持ち掛け、話し合いの結果、引継ぎの意思を確認することができた。 事業承継を機に、店舗改装など新たな取り組みに「事業承継引継ぎ補助金」の活用を大山崎町商工会に相談に行ったところ、担当の経営支援員から親族承継を着実に進めるための相談先として当センターを紹介された。
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従業員承継
連綿と受け継がれる西陣綜絖(そうこう)業の技術を従業員承継で次代へ繋ぐ
亀井綜絖株式会社は、剛氏の実父が綜絖製作業として昭和24年に設立された。剛氏は昭和42年に就業して綜絖の技術を修得、自己研鑽を重ねてこれまで数々の賞に輝いてきたが、常に我が国の時代裂織機を支える技術を後世に受け継いでいかなければならない使命感を強く持っていた。 今回は、熱心に技術を修得してくれた従業員(生家が綜絖業者であったが現在は廃業)に事業を譲渡するという決心は固まっているものの、どのような手順で進めて行けば良いのか、また経営者育成をどのようにすればよいのかが分からないというご相談を当センターにお寄せ頂いた。
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親族承継
丁寧なサービスとアットホームな店づくりで地域にまれ親しまれてきた美容院
現経営者の原口潔治氏が 1981(昭和56)年4月に当地で創業。60歳の半ばを過ぎ、自身が元気な内に長女に想いを引継ぎたいと考えるようになったため、日本政策金融公庫西陣支店の担当者(芦澤さん)に相談したところ、当センターを紹介されご来訪頂いた。
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第三者承継
創業90年の丹波松茸昆布本舗「あめ久」 知人への事業譲渡により暖簾を託す
丹波篠山で創業し、90年となる丹波松茸昆布本舗「あめ久」。先代の川西氏が40数年前に現在地(京都市南区西九条南小路10)に移転して営業。 立地は世界遺産である東寺の東門前で、多くの国内・海外の観光客が訪れている。
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第三者承継
取引先との契約と従業員の雇用を受け継ぎ、販路拡大と人材確保を実現できた同業者による 中小M&A
有限会社林衣料(京都市下京区)は、1954(昭和29)年創業のユニフォーム企画販売事業者で、 官公庁や企業に多くの顧客を持っている。 林社長は創業者の父から事業を31歳で引継いだ2代目で、子供たちは既に独立しており後継者不在。 67歳のときに病気で大きな手術を経験しており自身の健康にも不安を抱えていることから第三者承継 による事業譲渡を考えるようになった。 当センターが発送した事業所宛ての支援施策紹介のDMをご覧になったこと切っ掛けで 2018年(平成30年)10月にご相談を頂いた。
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第三者承継
事業多角化を模索中の事業者が、高齢化と後継者難に悩んでいた同業他社を事業引継ぎ
事業を受け継いだ斉藤商会(斎藤正氏)は1992年創業。自動車(主に旧車)の改造やメンテナンスを中心とし、修理や車検等は取引先に外注発注していた自動車整備業者。顧客の要望に応えるためにも各種サービスの内製化と 作業の効率化やコストダウンを考えていた。そんな折、取引先の工具店の仲介で譲渡先を探していた赤西進社長(有限会社グッド自動車)を紹介され面談、双方の思いが合致したことから中小M&Aによる事業引継ぎを決意した。 具体的な手続きなどを取引のあった京都中央信用金庫に相談したところ、専門的なサポートが受けられる京都府事業承継・引継ぎ支援センターを紹介された。
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第三者承継
大山崎商工会と当センターの連携で 創業希望者との第三者承継が成約
ヨガスタジオブルーコスモスの経営者 竹内有子さんは、2016年12月にヨガスタジオを創業し会員を順調に増加させてきたが、事情により他県への移住が決まり年内の廃業を決意。前年に受けていた補助金の返還手続き相談のため大山崎町商工会を訪問した際、事情を聴いた同商工会の職員からの紹介で、2022年8月末、当事業承継・引継ぎ支援センターを訪問された。
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第三者承継
舞鶴商工会議所との連携による 地元内の第三者承継
舞鶴畜連 代表者 上月 務さんは、奥様のほかに2人の従業員を雇用し、1956年に食肉卸・小売業を創業。以来66年間にわたり地元密着の商売を営んできたが、ご自身の82歳という年齢から事業承継を検討するも、親族・従業員とも事業を継ぐ意思が無いことから、舞鶴商工会議所に第三者で事業を譲りたいと相談を持ち込んだ。
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第三者承継
愛知・京都センターの連携でM&Aが成約
株式会社ユナイテッドスポーツの杉山社長は、今まで培ってきたスポーツイベント企画運営のシナジー効果を最大化するため、地元学生との連携が図れている後継者不在のスポーツ店を引継ぎたいとの思いで、京都府事業承継・引継ぎ支援センターを訪れた。 譲受に対する希望条件は、①球技系の種目を中心として小・中学校と連携しているスポーツ用品店、②地域は関西圏・東海圏で学校の近辺など。 相談を受けた京都センターでは、全国48か所センター内で共有する引継ぎDB(データベース)を検索し、愛知県事業承継・引継ぎ支援センターの支援先で条件に合う譲渡希望案件を見つけ、調整を進めた。
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第三者承継
繁盛店の事業を引き継いで独立開業の夢を叶える
創業者であるご主人の後を継いで、人気店の経営を切り盛りしてきた外山路容さん。10年間の頑張りを節目に、和食料理人として経験豊富な岩谷安司さんに事業を引き継いでもらうことを決意しました。店だけでなく、看板やご贔屓のお客様、そしてこれまでの思いも合わせて後継者に夢を託します。
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第三者承継
後継者不在の老舗店と創業者による事業承継
鴨川のほとりで300年以上続く和漢薬の専門店を営む平井正一郎さん。廃業を考えている時に、客として出会った古川和香子さんの実直な人柄と漢方に対する情熱に触れ、事業譲渡することを決意した。経営者は変わっても、培われてきた思いはしっかりと引き継がれている。
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第三者承継
ノウハウと実績を蓄えた事業者への承継による発展
10年前、亀岡市内のショッピングセンターの精肉店を引き継いだ松本恵美子さん。看護師として働きながら経営をなんとか切り盛りしてきたが、今回、嵯峨嵐山で老舗の精肉店を営む京都嵐山中村屋へ事業譲渡することで、お客様や取引先、そして従業員の雇用を守ることができました。
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第三者承継
後継者不足の課題に応える事業承継モデルの取組み
30年以上にわたって、地域の人たちの健康を見守り続けてきた、さぎの森薬局の松嶋京子さん。今回、加盟する 京都小売薬業協同組合への引き継ぎという新しい事業承継スタイルで、薬局経営を次世代へとバトンタッチする ことに成功した。新たに迎えた若い管理薬剤師のもとで、店は「リ・スタート」を切ろうとしている。
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第三者承継
コンセプトと思いに共感するお客様へ事業を承継
人気のロックバンド「B’zファンの集い」をコンセプトにしたバー『Pleasure』を、8年間にわたって経営してきた松本弘さん。これまで作り上げてきた店のコンセプトを大切にし、思いに共感できる人に店を譲りたい…。そんな中で池元一敦さんと出会い、「京都府事業引継ぎ支援センター」のサポートにより、事業譲渡への取り組みが始まった。
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第三者承継
守ってきた看板と信頼を若い経営者に託す!
精華町内で長年にわたって自動車整備業を営んできた相楽自動車。創業者の山田豊さんが事業の引継ぎ相手に選んだのは、中古車販売会社の若き経営者、久保健社長だった。 お客様や従業員を大切にするという思いを共有し、株式譲渡という形で会社の未来を託すことで、新たなビジネスの芽が膨らんでいる。
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第三者承継
小規模事業の付加価値を事業譲渡で次代へ伝える
父親から継いだスクリーン印刷会社の事業譲渡を決断した板谷秀之さん。引継ぎに時間がかかることを考慮した早めの取り組みで、内装・サインの製作を手掛けるサンスクの亀本良孝社長と出会った。これまで培ってきたニッチな技術、設備、お客様を引継ぐことで、付加価値の高い新たなビジネスが生まれようとしている。